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関西プラッと便 阿倍野を歩く 歴史と未来をつなぐアベノハルカス

関西プラッと便

2013年10月11日掲載

  大阪・アベノの新しいランドマークで、日本一の超高層ビル「あべのハルカス」(高さ300メートル)はかつての熊野街道、阿倍野筋にそびえ立ちます。街道は平安時代以降、皇族や貴族、庶民が熊野詣でをする道でした。その途中にあったアベノはとてもにぎわい、今も当時の歴史遺産や伝説が数多く残っています。懐かしい路面電車に乗ったり、歩いたりしてアベノの歴史を探訪してみてはいかがでしょう。

地図

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■大阪に唯一残る九十九王子
  ハルカスそばから出発する路面電車の阪堺電気軌道(通称・阪堺電車)上町線「天王寺駅前駅」から3駅目の「東天下茶屋駅」で下車し、熊野街道をさらに少し南へ歩くと、「阿倍王子神社」(阿倍野区阿倍野元町9)がありました。街道は大阪・天満橋の八軒家浜から和歌山・熊野本宮を結ぶ長い道で、「王子」とは熊野に詣でる人たちが休憩したり、行けない人たちが熊野に向かって祈願したりしたお宮です。「街道には『九十九王子』といって数多くのお宮がありましたが、現在は多くが失われています。当時の場所に残っているのは大阪府内で阿倍王子神社だけになってしまいました」と地元の歴史に詳しい長谷川靖高宮司が教えてくれました。

■陰陽師、安倍晴明のふるさと
  阿倍王子神社の分社で、少し離れたところにあるのが「安倍晴明神社」です。小説やコミック、映画でブームになっている平安時代の陰陽師、安倍晴明は921年に、この地で誕生したと言い伝えられ、神社は1007年の創建です。 伝説では、晴明は父の保名と和泉国(大阪府和泉市)の白狐「葛の葉」(くずのは)との間に生まれて霊力を授かり、数々の予知などを行ったとされています。境内には母の白狐像と晴明誕生地の石碑がありました。 長谷川宮司は「晴明の先祖にあたる奈良時代の豪族・阿部一族がこの付近を所領地としていたことが阿倍野の地名になったと言われています。一族には遣唐使だった阿倍仲麻呂もいました」と由来を説明してくれました。

■悲運の花将軍北畠顕家が戦死
  阿倍王子神社東側のバス道をさらに、200メートル南下すると、南北朝時代の悲運の武将と言われ、「阿倍野の合戦」で討ち死にした北畠顕家の墓のある「北畠公園」(王子町3)にたどり着きました。 顕家は眉目秀麗。今風に言えばイケメンで、文武両道に優れ、花将軍とも呼ばれています。建武新政のころ、父の親房とともに後醍醐天皇に仕え数々の武功を立てました。しかし、反旗を翻した足利の大軍を前に、わずかな手勢で立ち向かい21歳で討たれたことが後々の世まで多くの人の涙を誘っています。公園から西約1キロ離れた所には顕家の霊を慰める「阿部野神社」(北畠3)がありました。

■兼好法師が大阪五低山に登る?
  「徒然草」を書いた兼好法師が「聖天山」近くに住んでいたという話を聞いたので「阿部野神社」から北約1キロ離れた「天下茶屋の聖天さん」に向かいました。寺の正式名は「海照山正円寺」(松虫通3)です。兼好法師が宮中に仕えていたころ、北畠親房と親しくしていたとされ、討たれた顕家をしのぶために阿倍野に隠せいしたと伝えられています。 住みかを寺の人に聞いてみたところ、正確な場所はわからないとのことでしたが、法師が生活のために縄やむしろを編む時に、わらを打った石が寺の階段下の「大聖歓喜天」と彫られた石標の台石として残っていました。 寺は商売の神様として名高いのですが、寺がある聖天山の標高はわずか14メートル。大阪の五低山の1つとして知られています。

■松虫塚に残る悲話
  聖天山から阪堺電車「松虫」駅に向かう途中に「松虫塚」を見つけました。この近くはかつて松虫(スズムシ)の音色がいいことで知られていて、いくつかの悲しい伝説が残っています。その1つは、仲のいい男2人が歩いていたところ、1人が虫の声に聞きほれ、草むらに入っていったまま戻ってこず、残る1人が探したところ、友人がすでに亡くなっていたという話です。この話は謡曲「松虫」として知られています。

■レトロの阪堺電車
  帰路は「松虫」駅から阪堺電車に乗ってアベノへ。電車はゆっくりと走ります。ふと見上げると車両の製造年は昭和3年(1928)。85年前でした。阪堺電気軌道によると、現在、上町線、堺線も含めて38車両が走っており、昭和3年から6年にかけて作られた10車両が今も現役で、レトロな趣が残っています。 進行方向に見える「あべのハルカス」の登場で新しく生まれ変わるアベノですが、歴史の香りが今もしっかり漂い、集う人に優しい街であり続けています。

 【大阪五低山】聖天山のほか、生野区の御勝山(岡山)、天王寺区の茶臼山、住吉区の帝塚山、港区の天保山があり、大阪五低山縦走をする人も増えています。

 【阿倍一族】孝元天皇の皇子・大彦命を先祖として左大臣阿倍倉梯麻呂、阿倍仲麻呂、安倍晴明らが出ています。

 【あべの表記】阿倍王子神社、安倍晴明、阿部野神社と「あべ」の漢字表記が3つもあります。理由は時代によって使われる漢字が違ったからです。現在の表記の「阿倍野」は昭和18年の区割りで阿倍野区が誕生した際に決まりました。

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