近鉄あべの本店80年の歴史「興隆・躍進の時代」

1956~1972
昭和31年~昭和47年

興隆の時代 「戦後」から目覚しい発展を遂げ、好景気に沸き立つ日本。阿倍野店も、大増築などを経て、大きく飛躍した時代です。

1956~1957 昭和31年~昭和32年

1956 (昭和31年)
~近代百貨店への第一歩~

日常生活の多様化に対応できる、さらなる品揃えの充実のため、大増築に取り掛かりました。

[2月]

第一次増築(南館)工事に着手

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昭和31年6月 増築工事風景
[11月]

地階から6階までの上りエスカレーターが開通され、お買い物が便利になりました。

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昭和31年11月27日エスカレーターの開通式
1957 (昭和32年)
[4月2日]
第一次増築完成

新館が完成し、地上7階、地下2階建て、営業面積約28,000㎡の大型ターミナル店となりました。
引き続き、旧館部分の外装および内部の全面改装に取り掛かります。

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増築が完成した阿倍野店の全景
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4月1日 新館完成の朝日新聞広告
[6月]
「近鉄 友の会」発足

お客さまに、より近鉄百貨店でお得にお買いあげいただくため、「近鉄友の会」を発足。
多くのお客さまにご入会いただき、会員さま限定の旅行なども開催されました。

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4階 「近鉄友の会」開設当時の受付風景
[12月3日]

旧館部分の改装工事も完了し、多くのお客さまが訪れる近代的な百貨店が完成しました。

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    旧館部分の改装工事も完了した阿倍野店の全景
    右側(南側)が新館部分
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    地階 新館完成記念大売出しで賑わう店内
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    3階 新装されたモードサロン
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    5階 画廊
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    7階 大食堂
[12月10日]
「第1回 ミス近鉄」開催!

近鉄百貨店を代表する女性「ミス近鉄」を一般公募。500通以上の応募の中から選ばれた第1回「ミス近鉄」には、賞金20万円と副賞の花嫁道具一式のほか、月額3万円で1年間、近鉄百貨店の宣伝および催しのアシスタントとして大いに活躍されました。
審査員に女優などを招いた、年1回・10年開催された人気のイベントでした。

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昭和39年3月
第7回「ミス近鉄」選定大会で選ばれた
参加者に戴冠する岩下志麻さん
《歴代「ミス近鉄」》
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    第1回
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    第2回
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    第3回
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    第4回
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    第5回
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    第6回
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    第7回
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    第8回
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    第9回
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    第10回

躍進の時代 昭和30年代の10年間で、百貨店業界の売上高は約4倍に。しかし、消費の多様化やスーパーマーケットの台頭により、
百貨店は独自の持ち味を活かした「質」の競争の時代に突入します。
そんな中、阿倍野店は新しく設立した「株式会社近鉄百貨店」の本店として、新しい一歩を踏み出します。

1965~1972 昭和40年~昭和47年

1965 (昭和40年)
[1月]
「世界の名機 ゼロ戦展」

7階催会場で開催した「ゼロ戦」の展示は、6日間の期間中、約40万人が訪れました。九州から来た元ゼロ戦搭乗員や戦争で息子を失くしたご夫婦もお見えになり、連日、会場から路上まで列が続きました。

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    1月15日から20日まで開催された
    7階催会場「世界の名機 ゼロ戦展」の会場風景
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    グアム島アガナ市郊外で発見されたとされるゼロ戦機
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    会場に展示された遺品
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    設営の際、機の胴体を解体し、
    エスカレーターを使って会場に運びました。
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    連日、店の周りを取り巻く長蛇の列ができました。
[4月2日]
~阿倍野店 第二次増築完成~

営業面積35,000㎡を超える大型店舗として完成した阿倍野店は、「ハイセンス、ハイクラス、フレッシュ」をモットーに「高級店」のイメージを確立させました。

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    全館完成した阿倍野店の全景
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    全館完成の新聞広告(1965(昭和40)年4月2日 毎日新聞)
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    全館完成当日の賑わい
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    改装された地下鉄からの入口付近
《当時の売場》

洋の雰囲気を打ち出した、ハイセンスな売場が目立ちます。

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    2階 新設された特選雑貨サロン「ラフィネ」
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    3階 改装された婦人イージーオーダー売場
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    5階 新設された工芸品「ブリリアントコーナー」
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    「グランドフェスティバル」の案内状
[9月]

阿倍野店と天王寺ステーションビル間を結ぶ歩道橋が完成。

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1966 (昭和41年)
《当時の様子》
「あべのプール」

潜水プールの中に、水中遊泳エアーステーションという空気の入った透明の半球カプセルがあり、息継ぎができるようになっています。
当時、トップアイドル達が連日登場していました。

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(写真:朝日新聞社提供)
1967 (昭和42年)
「日本万国博 残り時間表示」

阿倍野店の外壁に、万博開催までのカウントダウンが大きく掲示されました。

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(写真:朝日新聞社提供)
1968 (昭和43年)
大阪市電「第1回おなごり乗車会」阿倍野停留所

大阪市電の廃止前に、数回開催された乗車イベント。

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(写真:朝日新聞社提供)
1970 (昭和45年)
~お客さまの生活を豊かにする~

人々の生活に余裕が出始め、本格的な「余暇時代」を迎える中、阿倍野店は近隣の「アベノセンタービル」に「近鉄文化教室」を開設。
料理、和洋裁や邦楽など様々なカルチャースクールを開講し、主婦、OLの人気を集めました。
今も「近鉄文化サロン」として存続しています。

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5階 料理教室
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5階 バレエ教室
1972 (昭和47年)
~新生近鉄百貨店の誕生~

これまで近畿日本鉄道の直営百貨店として経営されてきた近鉄百貨店が、より一層の経営強化のため新会社「株式会社近鉄百貨店」を設立。
新会社として第一歩を踏み出しました。

[4月5日]
「株式会社近鉄百貨店」設立
[6月1日]

「株式会社近鉄百貨店」として営業開始
店名を「近鉄アベノ」または「アベノ近鉄」に制定

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新生近鉄百貨店設立の新聞広告 (昭和47年5月31日毎日新聞)
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当時のマーク、ロゴ
  • 《当時の制服》
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    左:昭和30年代後半 右:昭和47年
  • 《当時の包装紙》
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    左:昭和30年代前半 右:昭和30年代後半
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    左:昭和40年代初め(図案 画家・宮本三郎氏)
    右:昭和40年代初め~44年(図案 画家・宮本三郎氏)
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    左:昭和47年6月 右:昭和47年 6月~51年(夏用)

あべのハルカス近鉄本店にて80年の歴史展開催!

写真パネルや資料の展示で
80年の歴史をご紹介します。

もっと詳しくご覧になりたい方!
期間
11月1日(水)~21日(火)※最終日は午後5時で閉場。
場所
ウイング館9階催会場
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